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2018年6月28日、謡友18名とともに、香川県五色台にある白峯寺に参詣しました。 |
崇徳院といえば、まず思いつくのが小倉百人一首の、 |
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この歌は、単なる恋の歌とするのではなく、崇徳院の不遇な生涯に対する無念の想いが込められていると解釈すべきなのでしょうか。 |
崇徳院ゆかりの地を巡る |
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八十蘇場の水 |
「崇徳天皇御殯殮御遺跡」の碑 |
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天皇寺高照院 |
白峯宮 |
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●高家(たかや)神社 |
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高家神社隨神門 |
白峯に続く道 |
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車道と別れ、登攀開始 |
歌碑の続く登坂道 |
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階段を登りきると崇徳上皇の御陵があります。上皇の遺体は、白峯山稚児ヶ嶽の頂上で荼毘に付され御陵が築かれました。江戸時代には荒廃を重ねましたが、歴代藩主の手厚い庇護を受け次第に修復されのした。 |
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御陵への参道 |
白峯御陵 |
白峯寺境内案内図 |
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七棟門 |
御朱印 |
白峯寺の山門は、高麗形式の門の左右に2棟の塀を連ねた珍しい塀重門で、棟数をあわせると7棟なので「七棟門」と呼ばれています。 |
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十三重石塔 |
お迎え大師像と句碑 |
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護摩堂 |
鐘楼 |
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薬師堂 |
廻向堂 |
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行者堂 |
中河幹子・荒木敏恵歌碑 |
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阿弥陀堂 |
瑜祇塔 |
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本堂 |
大師堂 |
白峯寺の境内堂宇の拝観を終え、主眼である頓証寺殿に参拝いたしましょう。勅額門の前には「玉章(たまずさ)の木」があります。この木は先代の古木に代わって植えられた二代目であるそうです。 |
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玉章の木 |
勅額門 |
勅額門をくぐると正面が崇徳上皇の御廟所である頓証寺殿で、堂前には相模坊大天狗の石像が刀を振り上げて仁王立ちになっています。 |
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頓証寺殿 |
御朱印 |
頓証寺殿の前には剣を振り上げた相模坊大権現の像が仁王立ちになっています。相模坊についての説明書きは以下の通り。 |
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相模坊大権現 |
白峯御陵遥拝所 |
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西行坐像 |
西行歌碑 |
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謡曲『松山天狗』は『撰集抄』を典拠していますが、相模坊をはじめとする天狗が崇徳院のもとに参内し、逆臣をことごとく滅ぼすというストーリーが付加されています。これは崇徳怨霊伝説が流布されて以降のものではないかと想像しますが、怨霊としての崇徳院のイメージは定着し、近世の文学作品である『雨月物語』や『椿説弓張月』などにおいても怨霊として描かれ、現代においても様々な作品において怨霊のモチーフとして使われることも多いようです。 |
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『撰集抄』巻一「新院御墓白峰之事」を下敷きとした作品に、上田秋成の『雨月物語』があります。ただ『雨月物語』は『撰集抄』をベースとしてはいるものの、上述の『松山天狗』の影響を強く受けていると考えられます。以下に『雨月物語』「白峯」を眺めてみましょう。(中村幸彦校注『上田秋成集』「雨月物語・白峯」、岩波書店・古典文學大系、1959) |
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時に峯谷ゆすり動きて、風叢林(はやし)を僵(たを)すがごとく、沙石(まさご)を空に巻上る。見る見る一段の陰火(ゐんくは)君が膝の下(もと)より燃上りて、山も谷も昼のごとくあきらかなり。光の中につらつら御氣色を見たてまつるに、
朱(あけ)をそゝぎたる龍顔(みおもて)に、荊(おどろ)の髪膝にかゝるまで乱れ、白眼(しろきまなこ)を吊りあげ、熱き嘘(いき)をくるしげにつがせ給ふ。御衣は柿色のいたうすゝびたるに、手足の爪は獣のごとく生(おひ)のびて、さながら魔王の形あさましくもおそろし。 (中略) 御聲谷峯に響て凄しさいふべくもあらず。魔道の淺ましきありさまを見て涙しのぶに堪(たへ)ず。復(ふたゝ)び一首の哥に随縁のこゝろをすゝめたてまつる |
明治の王政復古の際、孝明天皇と明治天皇が思い浮かべ恐怖したのがこの崇徳院の怨霊でした。孝明天皇は異郷に祀られている崇徳上皇の霊を慰めるため、その神霊を京都に移すよう幕府に命じますが、まもなく死去、子の明治天皇がその意を継ぎ、現在地に社殿を造営し、慶応4年(1868年)、御影堂の神像を移して神体とし白峯宮を創建しました。また明治6年(1873)、道鏡によって帝位を奪われ淡路に配流され、その地で死去した淳仁天皇(淡路廃帝)の霊も白峯神宮に合祀しました。政争に破れて流罪となり、その地で果てるという、きわめて珍しい悲運をたどった崇徳院や淳仁天皇などの怨霊の発現を恐れ続けていたものでしょう。なお白峯神宮は、蹴鞠の宗家であった堂上家(公家)・飛鳥井家の屋敷の跡地に建てられたものです。 |
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白峯神宮社殿 |
御朱印 |
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拝殿 |
地主社 |
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伴緒社 |
潜龍社 |
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崇徳天皇欽仰之碑 |
西村尚歌碑 |
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蹴鞠の碑 鞠庭 |
オガタマの木 |
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(平成19.7.20、20.8.21、22.11.15) (平成30年 6月28日・探訪) (平成30年 8月11日・記述) |