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5.『演能伸長指数』について
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番目グループ別の伸び具合はさきの通りですが、次に当該曲の〈伸び具合〉が、他の曲と比較してどういう位置をしめているか、といったことを見るために、〈伸長指数〉というものを算出しました。 これは、ある曲の各暦年の演能回数を、前期(昭和25〜54年の30年間=A期+B期+C期)と後期(昭和55〜平成21年の30年間=D期+E期+F期)に二分して、前期=100 として後期を指数化したものです。 たとえば〈米のメシ〉と言われた『熊野』『松風』はどうなっているのか? ですが、数字の根拠は、あとに出てくる『統計本表』−各曲目別の暦年演能数−により計算したもので、いまその結果だけを挙げてみますと、 『熊野』 前期 P=511(A期=165、B期=174、C期=172 の合計=511) 後期 Q=449(D期=159、E期=158、F期=132 の合計=449) 伸長指数=Q÷P×100=449÷511×100=87.9 『松風』 前期 P=406(A期=137、B期=132、C期=137 の合計=406) 後期 Q=494(D期=153、E期=196、F期=145 の合計=494) 伸長指数=Q÷P×100=494÷406×100=121.7 という事で、A期〜F期の通期では、『熊野』は 960回、『松風』は 900回で、『熊野』が優位に立っていますが、『熊野』は前期よりも後期の回数が減少しているのに対し、『松風』は逆に後期の回数が増加していて、〈伸長指数〉としては、『熊野』=87.9、『松風』=121.7で、『熊野』は衰退しつつあり、それに反して『松風』はジワジワ上昇気流に乗ってきている、と言えましょうか…。しかしその『松風』も、全体の中においてどういう位置づけにあるか…。 通期演能総数では、表をご覧になってお解かりのように、伸長指数=138.7、つまり『熊野』を引き離した『松風』なのでありますが、〈全体の〉傾向には及ばないのであります。 なお、この『熊野』については「(第8表)演能伸長指数〈番目順〉」をご覧になるとお解かりのように、三番目グループ中の最下位の伸長87.9〜ということは、『熊野』のみが100を割って衰退しているという、まことに不思議な現象を呈していることは、どう理解すべきでありましょうか? こういう観点から全曲をみわたしたのが、第7表、第8表の『演能伸長指数』〈五十音順〉および〈番目順〉の二つの表であります。 第8表をご覧になると、各番目ごとに、いわゆる〈稀曲〉と目される曲群が上位に並んでいますが、この〈稀曲上演傾向〉が今後も続くかという事は、きわめて興味があります。また、この中で例えば、 〈四 番 目〉 9位=『菊慈童』〜伸長指数=179.0、 〈四五番目〉 7位=『殺生石』〜伸長指数=194.8、 〈五 番 目〉 6位=『土蜘蛛』〜伸長指数=195.7 の3番が、〈近い曲〉として指数が180〜190と2倍近い増加で、デンと構えています。『殺生石』『菊慈童』の伸長は〈さもありなん〉と思われますが、『土蜘蛛』については、どのように思われましょうか…。 昭和27年の『観世』誌に、今は故人となられた大槻秀夫師の次の名文があります。 『大衆能や學生能、或いは外人に見せる能などの場合、大抵所々を省略させたり、又は位を輕くとってやったりしているという事は、能がそのまゝ世人に受け入れられそうにない弱點を持っている事を、 樂師も皆意識している爲であろう。又大切な三番目物がそのような催しの場合、羽衣の他は殆ど上演されないという事も、「能」と「現代」との間に相當の溝を來していると云う感じを否めない。 觀客が知識層であるならば、多少難解な曲であろうとも名曲でさえあれば、或る程度の感銘を與える事も可能な筈と考えられるのに、その普及や啓蒙を意圖する催しに際して、多く直面物や五番目物ばかりを上演させていると云う事はどう云う事であろうか。 洋樂と云ってもピンからキリまであるが、例えば土蜘蛛などは洋樂にしてみれば、軍樂隊かジャズと云う所ではなかろうか。それは云ってみれば飯とおかずとがあってそのおかずばかりを與えているわけだが、能の本當の味は飯の方にある事は言をまたない。(後略)』(『観世』昭和27年3月号10頁「能のあり方」) と、さきに問題にした『土蜘蛛』を槍玉にあげておられます。 旧漢字体で書かれている以外は、昨今書かれた文章かと錯覚するばかりであります…。 以上の「伸長指数」を五十音順に並べたものが「第7表」で、番目別に並べたものが「第8表」です。これらの表は曲別にその全貌を示したものですが、いさゝか漠然とした感じもしないでもないので、少し観点を限定して、第8表の番目別伸長指数をもとに、伸長した曲を番目別に、その「平均値」以上の曲にどういうものがあるかを見てみましょう。一番目『高砂』を例にとってみますと、 @ 一番目の曲数は全部で「30番」 A その全演能回数(通期)は延べ「4,062回」 B したがって一番目の一曲あたりの平均演能回数は「4,062÷30=135.4」回 C 『高砂』の演能回数(通期)は「814」回 D したがって『高砂』は回数において「平均値」を大きく上回る。 E 一方、一番目全体の「伸長指数」は「2,406(後期)÷1,656(前期)=145.3」 F 『高砂』の「伸長指数」は「164.3」 G したがって『高砂』は「伸長指数(伸長率)」においても「平均値」を上回る。 このように見ていきますと、以下の表のようにまとめる事ができます。これらは、やはり名実ともに「名曲」と言われるものばかりでしょうか。それとも、なぜこの曲が該当し得ないのだろうか、といった疑問がありましょうか…。 なお、ついでと言っては何ですが、この60年間を二分した「伸長」について、ほとんどの曲が伸びているのに、前期より後期が落ちた「有名曲」があるか、も付け加えてみました。それが次表です。 この表を参考に、以下の曲別詳細表をご覧ください。 番目別 前後期別 伸長について |
@番数 | A演能数 | B番当り | C伸長 指数 |
D番当り回数、伸長指数 ともに平均値を超えた曲 |
E後期が落 ちた有名曲 |
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一番目 脇能物 |
30 | 4,062 | 135.4 | 145.3 | 高砂、老松、絵馬 | |
二番目 修羅物 |
16 | 6,976 | 436.0 | 129.2 | 田村、屋島、経正、清経、巴 | |
三番目 鬘物 |
32 | 13,141 | 410.7 | 139.7 | 井筒、野宮、半蔀、楊貴妃、杜若、羽衣 | 熊野 |
四番目 | 70 | 27,327 | 212.9 | 120.0 | 西行桜、雲林院、葛城、龍田、三輪、巻絹、百萬、隅田川、玉鬘、卒都婆小町、菊慈童、天鼓、善知鳥、恋重荷、求塚、鉄輪、葵上、橋弁慶 | 蝉丸、芦刈、鉢木 |
四五番目 | 23 | 4,595 | 199.8 | 131.7 | 歌占、自然居士、一角仙人、殺生石、鵺 | 七騎落、盛久 |
五番目 切能物 |
36 | 15,366 | 426.8 | 144.6 | 野守、鵜飼、土蜘蛛、安達原、船弁慶、融、石橋 | |
合計 | 207 | 71,467 | 345.3 | 131.5 |
(注)@=番目の総曲数 A=その番目の演能総回数 B=A÷@で、その番目の一曲当り平均演能回数 C=第8表に示したその番目の伸長指数(後期演能回数÷前期演能回数) |
(第7表) 演能伸長指数〈五十音順〉 |
(第8表) 演能伸長指数〈番目別〉 |
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